書の魅力

書のたのしさ

書の始まりは、自分の中にあることばを表現し
相手に伝えたいという欲求です。

占いから生まれた漢字は、神への伝えたい想い。
和歌のやりとりから生まれた平仮名は、愛する人へ伝えたい想い。

ことばに想いを託し
その想いを表現し
伝える喜び。

共に過ごした時間を追憶する甘い想い
切ない哀しみに耐えきれず吐き出す想い
輝く思い出を心に刻む嬉しい想い
愛する人のために奇跡を願う
天候・豊作・健康・幸せを願う

歌や踊りと同じように
書とは 自分の想いを誰かに伝え 
自分を理解して欲しいという
人として生まれたが故に与えられた欲求を
ことばと筆で表現する楽しさです。

2014-02-27 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

書は人なり

芸術とよばれるものは、書に限らず日常の人柄が作品に表現されます。

文学のようにことばを選び、絵画のように文字を書く芸術である書は
他の芸術以上に人格・人柄を表すものになります。

ことばを選び、文字を選ぶ時、その人の生きざまが表れます。
立派なことばを選んでも、その人に不釣り合いなことばは心の表情まで
書の表情で書くことはできません。
その時の自分に正直に素直なことばを選んでこそ、真の表現力が発揮できます。

そうして選ばれたことばを書の表情で書く時
さらにその人の生きざま、体格や性格、精神状態までもが表れます。
その人の筆意・筆勢は、その人の性格や個性、無意識な領域での性質と
その時その人が実感する感情、無意識な感情が表現されています。
無心で書くことの大切さがここにあります。
無心であるからこそ、その人の人格・人柄が表れるのです。

形や線の美しさにとらわれることなく、伸び伸び書かれた書にはその人が宿っています。
直筆を肉筆というように、書はその人の一部になるのです。

2014-02-22 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

書は生きざま

書は文字を書く芸術です。

ことばを選ぶところから始まります。

日本のことばは それをどんな文字で書くのかも選びます。
他の言語にはない特徴で、同じことばでも三種類の文字を使い
漢字・ひらがな・カタカナ・入り交じりと何通りにも書くことができるからです。
ことばによっては、同じ意味でも複数の漢字表現が存在するものもあります。

その次に心の表情を書の表情で表現することになります。
きっと多くの方が想像する書がここから始まります。
ここまでの過程が、楽しくもあり、時に苦しみもがくものでもあります。

書は単に文字を書くものでなく、自分の意識の奥底で眠っているものを
ことばとして見出し、文字として書くものなのです。
積み重ねた鍛錬とそこに込める魂があるからこそ、書なのです。

書はいのちの動きが現れたもの。
書は生きざまのカタチ。

2014-02-21 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

素直に正直に

筆を持ち 書に向かうとき 
自分と向き合うことになります。

心がけていることは
素直に正直に 筆を持つ。 
素直に正直に 書に向き合う。

心地いい線を書く
自分に正直な線を 素直に書く。
激しい線になっても しなやかな線になっても
今の自分に素直で正直な線を書く。

人からどう見えるかでなく 
自分の心がどうなのか
素直に正直に。

見る人も素直に正直に感じてもらえたら嬉しい。
頭でよくわからないなぁ…と考えることなく
素直に正直に感じるままに 心に身を任せてみて。

素直に正直に書いているから
共感してもらえる人がきっといる。

うそがあると共感してもらえる人は現れない。

「うそなく 正直に」
親からのことばは わたしが存在するための鍵。
 人としても 書家としても 大切なことばになっています。

2014-02-15 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

正座

書は正座をして書くものと思い込まれている人も多く
「正座が苦手なので…」と
書くこと以上に気にされる方もいます。

椅子に座して書くこと
立って書くこと
手足をついて四つん這いで書くこと
縄にぶら下がり書くこともあるくらい
書に向かう姿勢は自由です。

ただ正座して書くことが多いのも事実です。

現代日本の生活様式では、正座は苦手な人が多いのも当然です。
正座という姿勢そのものも、時折通される和室でする慣れないものですし、
何より和服でこそ座りやすい姿勢なので、洋服で正座することが居心地悪さを感じます。

板の間で胡座の習慣から、江戸時代に畳が敷かれるようになり、
畳敷きで正座をする習慣になり、正座が広まりました。

畳を分かち合う、限られた場で共に 時間もスペースも心も分かち合う
謙虚な心が生まれたのではないでしょうか。

わたしは自分が書く時も 講座をする時も
正座の心、全てを分かち合う心
その心があれば正座にこだわりません。

その心があれば、ありのままで背筋が伸び、
美しく自由のきく姿勢で書に向かうことができるからです。

2014-02-13 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

紙への畏敬

筆を持ち 紙に向かう時
どんな書を書く時も緊張する

かなり緊張して もう一度筆を整え直すこともある
筆でなく 自分の心を整え直す意味で

気軽に思いついて書いてみようと思う時でも
無意識に呼吸を整えて 緊張を解き放とうとしている

わたしにとって 何も書かれていない空白の紙は
何も書かれていないけれど 
どんな表現でもできる大きな可能性が存在し
空白だけどカッラポではない 余白の美しさがそこにある

深く呑み込まれそうで 大きく光に祝福されそうで
心地よい緊張感に包まれる

その紙に筆で墨跡を残すことが
怖くもあり 胸躍ることでもある

そこにわたし自身が写し出される怖さと
そこに写し出される自分を眺める楽しさがある
20140209

2014-02-09 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

書の魅力は無限

書くという行為の中にも
墨をする時間には清々しく凛とした空気と 
何かが溶きほぐされていく空気が共存している。

紙を手でピンとのばす時の感触
筆に墨を含み整える時の優しい気持ち…
紙に文字を書く行為以外のさまざまな魅力が存在する。

文房四宝と呼ばれる筆墨硯紙を買うことも書の魅力のひとつ。
書くための道具として 買い揃えることのみならず
美しい筆墨硯紙を買い求め 愛でる楽しみがある。

愛でる行為の中にある魅力は親しみやすく、奥が深い。
書を見るということは、難しい…敷居が高い…と思われがちだが
歴史に名を残す歌人や高僧の名筆だけでなく
地元名士が書き残した手紙、起業家の設立理念など
人柄やその時の熱意や心配りを、書から感じ 
思い巡らすことができる。

書にまつわることには 書の魅力が存在する。
自然に引き込まれ 探求していくと楽しさが深まる世界が広がっている。

いつからでも どこからでも
美しく清らかで優美で激しい 
深奥な世界への扉は開くことができる。 

2014-02-07 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

日本人は筆の扱いが世界一上手い

書には3つの顔がある

①教育としての書
  幼いころから習う「お習字」、美文字のお稽古など字を習う
  正しい書き順を覚える、美しい文字を身につける書。

②修行としての書
  能力や技術の向上に励む中で、正座をし精神統一すること
  集中する行いは修行の書。写経は仏を写す仏教の修行の書。

③芸術としての書
  文字を選び、自分の内面を表現する書。
  みる人に何かを伝える書。鑑賞しそこから何かを得る書。

日本人には①教育としての書がなじみ深い。
お習字が身に付き、イメージが染み込んでいる。

残念ながらうまく書けなかった、直された、というよくない
思い出が多いのか、苦手意識の強い人も多い。

それだけ筆を扱うことに優れている日本人。
アジアの中でもこれだけ幼少期に筆を持ち、筆で文字を学ぶ国はない。

もっと自信をもって。
もっと機会をもって。
筆に 書に 親しんでいける。
20140201

2014-02-01 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

書の道具は自然の恵み

書の道具は、すべて自然の恵みからつくられている。

「墨」は松や油のすすを集めて、動物の骨からとった膠(にかわ)で固めたもの。
「硯」は岩からできている。
「筆」は動物の毛からできている。
「紙」は植物からできている。

自然から与えられた道具を使って、表現をしている。
自然から与えられた道具を使って、自分と向き合い。
自然から与えられた道具を使って、他者に伝える。

自然の恵みで伝え合おうとするのは、太古から人間の本能。
鉱物から得た色彩を顔に塗り、神に祈りを捧げる。
洞窟の壁に、今日出会ったマンモスの様子を描き、家族に伝える。
五穀豊穣を願い、骨の割れ方で神の審判を仰いぎ占った記録を残す。

化粧・絵画・文字の始まりは、自然の恵みで伝え合いたい思いがあったから。

お道具のおかげで表現できること
お道具のおかげで発見できること
お道具のおかげで伝わることがある。

自然の恵みのおかげで今日も書く。
 

2013-10-31 | Posted in 書の魅力No Comments » 

 

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